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2011年3月2日水曜日

海賊 サー フランシス・ドレイク

マリン カウンティの歴史を語る上で外せないのが、Sir Francis Drake(サー フランシスドレイク)というイギリスの海賊です。
Sir Francis Drake(サー フランシス ドレイク)
西インド諸島周辺のスペイン領やスペインの船を襲撃して奪った金銀財宝はエリザベス1世に献上し、Sirの称号をもらい、海軍提督にまでなった人です。
なにせスペインの無敵艦隊までやっつけてしまったそうで、スペインでは彼は大悪党です。

 また、イギリス人では初めて、歴史上ではマゼランに次いで2番目に世界一周をした人です。
その世界一周航海の途中の1578年、大西洋から太平洋に向かうため、マゼラン海峡を通過中に嵐に遭い漂流することになります。
その時に偶然にも南アメリカ南端のホーン岬とドレイク海峡を発見します。

※ドレイク海峡:南アメリカ南端のホーン岬と南極大陸の間の海峡でギネスにも載る世界で一番幅の広い海峡。

ゴールデン ハインド号の航路


そして南アメリカから北アメリカへ北上中の1579年に、マリン カウンティの西の端に位置する海岸に上陸しました。
ここの湾は波が穏やかで潮の流れも緩やかなため、彼の船ゴールデン ハインド号(Golden Hind)を停泊させ、修理とその後の太平洋航海の準備をするのに絶好の場所だったそうです。
ドレイクス湾&ビーチ


その海岸線は祖国イギリスのThe White Cliffs of Dover(ドーバーの白い絶壁)に良く似ているということで、カリフォルニアの海岸はNova Albion(ノヴァ アルビオン:新しい白い大地)と呼ばれるようになりました。そして、その海岸についた名前がDrakes Beach(ドレイクス ビーチ) です。

ちなみに、西インド諸島からタバコを、南アメリカからジャガイモをヨーロッパに初めて持ち帰ったのが、このドレイク船長だと言われています。 

こんな大悪党のドレイク卿ですが、探検家としての業績からか、この辺ではかなりの人気者なのです。Drakes BayDrakes Beach以外にもいろんな所に名前がつけられています。

Sir Francis Drake Boulevard:カリフォルニア最西端のポイントレイズ(Point Reyes)からサンフランシスコ湾を望むラクスパー(Larkspur)という町まで続くマリン カウンティの主要道路です。

下の地図、A地点がラークスパー(Larkspur) フェリー ターミナル。この辺りからサー フランシス ドレイク ブルーバード(Sir Francis Drake Boulevard)が始まり、終点はB地点のポイント レイズ灯台(Point Reyes Lighthouse)までの道。
C地点がドレイクス湾(Drakes Bay)でその辺り一帯がドレイクスビーチです。

Sir Francis Drake High School:サン アンセルモ(San Anselmo)という町にある高校でマスコットはパイレーツ(海賊)です。
サー フランシス ドレイク高校
Sir Francis Drake Hotel:サンフランシスコにあ1928年創業のクラシックでゴージャスな内装のホテル。ロンドンの衛兵のスタイルをしたドアマンがいます。ロビーの豪華な階段は「風と共に去りぬ」でスカーレットが階段から落ちるシーンの撮影に使われたそうです。


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