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2012年4月16日月曜日

番外編:近況報告@日本 その4

岡山と言えば、桃太郎ですね。JR岡山駅前の広場には桃太郎の銅像があります。渋谷のハチ公と同じように、待ち合わせ場所になってます。
岡山市は桜の開花も早かったので、満開のピークも過ぎ散り始めということで後楽園へ行って来ました。
↑こんな桃太郎もいます
JR岡山駅前から路面電車に乗り、ほんの3駅ほどで岡山城前に到着。
岡山後楽園の公式サイトは→こちら
パンフレットは→こちら
※写真をクリックすると大きくなります。
その黒い姿から烏城と呼ばれている岡山城から川を挟んで反対側に日本三大庭園の一つ 後楽園があります。133,000㎡という広大な広さ.....と言われてもどれくらいか想像付きませんね.....。
日本庭園ってごちゃごちゃとしている印象がありましたが、ここはすごく広々としていてちょっと驚きました。さすが日本三大庭園の一つなわけです。
庭園に入ってみると、桜の花びらの絨毯があまりに美しく、観光客のみなさんも感嘆の声をあげてました。広い池にはもちろん錦鯉がいるわけですが、エサを買って池にまいてみたものの、すでにお腹がいっぱいらしく見向きもしてくれません(笑)。
花はまだですが、菖蒲園もありました。年中いろいろな植物を楽しめるところですね。





竹林ではあっちこっちにでっかいたけのこが.....。通りすがりのおじさんが笑いながら『おいしそうじゃけど、とっちゃあいけんでぇ』きっと私は物欲しそうな顔をしてたけのこを眺めていたんでしょうねぇ(笑)。
ちょっと小腹がすいたところで薄茶と岡山名物の一つ和菓子の調布。この季節限定の桜色の求肥(ぎゅうひ)です。


後楽園では8羽の丹頂鶴が飼育されています。



2012年4月15日日曜日

番外編:近況報告@日本 その3 逆カルチャーショック

10年以上アメリカに住んで、久々に日本に帰ってみると、自分がかなり浦島太郎化していることに加え、外人化されていることに戸惑います。逆カルチャーショックとでもいうのでしょうか、日々の生活でかなりおもしろい状況に陥っております。


アメリカでは毎日インターネットで日本のドラマ、バラエティ、アニメ、ニュースを見てます。毎朝ネットで日本の新聞も読んでます。子供達とも日本語で会話しているし、周囲の日本人の友人達とはしょっちゅうお茶しておしゃべりしてるし、土曜日は日本語補習校で良くも悪くもどっぷり日本人社会に浸かっております。時々、日本町で買い物もしてるし、家でもドップリ日本人として生活しております。
にもかかららず、浦島太郎化、外人化、逆カルチャーショックな訳です。


まずやらかすのがスーパーのレジです。アメリカ在住の方々、同じような経験あるでしょ?
 順番待っている時、前後に並んでいる人に話しかけてしまう。
 カゴ中の商品を出してレジの台に置いてしまう。
 レジのお姉さんに話しかけてしまう
 で、会計が終わったら『ありがとう』と言ってしまう。


 レストランでテーブルの会計のシートの上にお金とかクレジットカードを置く。
 外出するときは必ずペットボドルのミネラルウォーターを持って出る。
 家電屋さんで、すご〜〜〜いと言いながら、キョロキョロしてしまう。
 店員さんの接客の良さに感動する。
 でも、過ぎる丁寧さに違和感を感じることもありますね。
 町を歩いている人達は無表情な人が多いと感じますね。
 マクドナルドでSのコーラを注文。あまりの小ささに驚きLに交換してもらう。
 で、そのコーラを飲んであまりのまずさに驚く(笑)。日本のコーラは甘くない。
 コンビニの充実した商品に感動する。
 スーパーマーケットで品数の多さに驚く。
 日本人がみんな細いことに衝撃を受ける(笑)。
 テレビや雑誌、ちまたで目や耳にする英語にかなりの違和感を感じる。
 日本は物価が安くなってる。安いのに品質が良いので感動する。
 トイレの便座が低くて、転びそうになる(笑)。
 全体的に低く感じる。
 ゴミの分別がとっても細かいと感心する。
 レストランがタバコ臭くて気持ち悪くなる。


そうそう、お城にお花見に行ったときのできごと。復元された建物の縁側でお弁当を広げて食べている人が数人......。入り口に飲食禁止と書いてあったよなぁ〜。いくら外に面している縁側と言っても建物の一部だし、それに通路になってるから他の観光客も通っているのになぁ〜
どう考えても、この場所でそれはまずいだろうと思いますねぇ。でも一応、すぐ近くにいた係員(4人もいた)に聞いてみました。『ここでお弁当食べてもいいんですか?』って。そうしたら『だめなんですけどねぇ〜』と苦笑い。周囲の観光客もじろじろ見ているだけで通り過ぎて行きます。『私だけ悪者になりたくない』ってやつですね。


アメリカだったら係員がその場にいれば速攻で注意を受けます。係員がいなくても、周りの人たちが教えてくれます。注意を受けた人はほぼ謝るとか、教えてくれたことにお礼を言います。で、通りすがりに耳元で『ここは飲食禁止ですよ〜』と囁いてみました。なんと言うか、ちょっと妙な逆カルチャーショックでした。日本人ってこんなだっけ?って。


ある日、気温が18度以上、暖かいなぁ〜と感じたんで素足に半袖で外出。さわやかな気候で気持ちいいなぁと歩いていたら、周囲を歩いている人達の服装はまだ冬。日本人は厚着です(笑)。


トイレもすごいですね。デパートはもちろんのこと、どんな店に行っても、ウォシュレット。ある博物館のトイレのドアを開けてびっくり。トイレのふたが勝手に開いた!!
お〜〜〜これぞCool Japan! と驚きながらも、トイレに何度も出入りして遊んでました。完全に外人化しています(笑)。
でもね、便座に座ったとたんに水が流れる音がするのはちょっとなぁと思いますよ。そこまで気を使って頂かなくても......。やりすぎです。


とまぁ、思いつく逆カルチャーショックを書いてみました。アメリカでは日本人、日本では外人化。私はいったい何者なんだろうとちょっと混乱しますね。
でもまだもうしばらくはこの逆カルチャーショックを楽しむことにします。


番外編:近況報告@日本 その1
番外編:近況報告@日本 その2
番外編:近況報告@日本 その4

2012年4月13日金曜日

番外編:近況報告@日本 その2

例年より2〜3日遅れの開花宣言でした。ぐっとこらえて8分咲きで花見に出かけました。日本さくら名所100選にも選ばれた西日本有数の桜の名所で本桜で有名な津山城へ。ソメイヨシノが見事でした。お花見なんて十数年振りです。いい時期に日本に帰ってきたなぁと、しみじみと桜を眺めました。


ここでお城の説明を...。ここはその昔、美作国津山藩でした。この津山城の最初の城主は森忠政です。特に全国区で有名な大名ではありませんが、このお方のお兄さんが超有名。あの織田信長の小姓 森蘭丸です。
津山藩の藩主森家は5代で終わり、その後、越前松平家から松平宣富が新しい藩主として入封します。そして1871年の廃藩置県まで9代続きました。


下の写真、知新館といい、平沼騏一郎邸宅で。現在は市に寄贈されていますが、町内会の活動の場として使われているそうです。
この辺り一帯は武家屋敷が建ち並ぶところで、現在でも古いお屋敷を見る事ができます。平沼家は代々美作国津山藩士の家でその武家屋敷跡に昭和13年に平沼騏一郎の古希の祝いとして建てられたそうです。
ちなみに、たちあがれ日本の党首、平沼赳夫は平沼騏一郎の兄の子、つまり甥っ子ですね。


平沼騏一郎って誰?というお方に簡単にウィキペディアから説明を....
正二位、勲一等、男爵、法学博士、日本大学第2代総長、大東文化大学初代総長、司法大臣、枢密院議長、内務大臣、国務大臣、第35代 内閣総理大臣.....すごいタイトルです。
A級戦犯として終身刑となるも、病気仮釈放中に死去。
余談ですが......,この家の裏庭とうちの母の実家の裏庭が隣同士で、母が言うには、子供の頃、土塀が崩れてできた穴から忍び込んで(なんということを...)、平沼家の庭によく出入りしていたそうです。2度ほど本人を目撃したことがあるそうで......。

せっかく5年ぶりに帰ったので、墓参りもしてきました。で、母の実家のお墓のお向かいさんのお墓がちょっと有名。赤穂浪士四十七士 の一人 茅野常成の実家のお墓。
茅野家はもともと、美作国津山藩森家の家臣の家柄だったのですが、お父さんが政争に巻き込まれて追放になり、後に赤穂藩浅野家に仕官したということです。へぇ〜〜〜。
もう一人有名な人。箕作 阮甫(みつくり げんぽ)。美作国津山藩士で代々医者の家系。なのでこのお方も医者で蘭学者だったのですが、後に洋学を学び洋学者となり幕府の翻訳員となります。ペリー来航時に米大統領国書を翻訳したり、対露交渉団の一員として長崎にも行き、蕃書調所(ばんしょしらべしょ)の首席教授に任ぜられ、幕臣に取り立てられた人物だそうです。へぇ〜〜。
出雲街道にある箕作阮甫の生家
国の史跡に指定されている
あっちこっち回っていろいろ勉強になりました。


番外編:近況報告@日本 その1
番外編:近況報告@日本 その3